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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2280号 判決 1997年11月20日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

一  事案の要旨

被控訴人は、安澤博に対する貸金債権につき執行力ある債務名義(確定判決)に基づき、安澤博のサンプラニング工業株式会社に対する給料及び役員報酬を差し押さえたところ、控訴人は、安澤博に対する協議離婚に伴う合意による慰謝料債権及び生活費補助債権につき執行力ある債務名義(執行認諾文言付公正証書)に基づき、安澤博のサンプラニング工業株式会社に対する同一債権を差し押さえ、サンプラニング工業株式会社は差押が競合したことを理由に差押にかかる債権を供託した。執行裁判所は、供託金と利息から手続費用を控除した残金を請求債権額に按分し、被控訴人に四九万六二七二円、控訴人に二一一万二六二九円を配当する旨の配当表を作成し、配当期日に右配当表により配当した。被控訴人は、配当期日に異議を述べ、控訴人の主張する協議離婚に伴う右合意は通謀虚偽表示により無効、又は詐害行為により取り消されるべきものであると主張し、控訴人への配当額を零とし、その分を被控訴人に加算して被控訴人の配当額を二六〇万八九〇一円に配当表を変更することを求めた。

二  争いのない事実

次に付加、訂正するほか、原判決三頁四行目から同六頁九行目までのとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三頁七行目の「正本に基づき、」の前に「執行力ある」を付加する。

2  同六頁七行目末尾から八行目にかけて「別紙配当表」とあるのを「別紙配当表」と改める。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

次に付加、訂正するほか、原判決六頁末行から同一〇頁四行目までのとおりであるから、これを引用する。

1  原判決八頁八行目の次に行を改めて、次のとおり付加する。

「控訴人は、真実安澤と離婚したものであり、離婚を仮装したものでない。

安澤は、サンプラニングを退職するまでは、年間約五〇〇〇万円の役員報酬を得ており、婚姻中に居住していたマンションを約三億円で購入する等して複数の不動産を所有していたから、安澤にとって離婚に伴う慰謝料額として二〇〇〇万円は高額ではない。

安澤と控訴人は、安澤の債権者の追及を免れるため本件合意を仮装したのであれば、安澤の当時の債務額が億単位の多額であったから、二〇〇〇万円ではなくもっと高額の金額を仮装した筈である。

安澤は、本件合意当時、一万五〇〇〇株のサンプラニングの株式を所有しており、サンプラニングを退職した際に、サンプラニングの代表取締役で、残余の一万五〇〇〇株の株式を所有していた実兄の安澤昭に安澤の株式を二億円で購入するように求めたところ、安澤昭から八〇〇〇万円なら購入するとの返答があったので、そのままとなっている。ところで、被控訴人は、平成五年に安澤の右株式のうちの八三四〇株を仮差押したが、その際、当時のサンプラニングの株式の一株当たりの価格を六七八六円と試算していたところ(乙八)、安澤昭は安澤からの購入価格を引き下げる目的で株価を大幅に下落させたが、安澤は、本件合意当時、このことを知らず、従前の価値があると考え、仮差押をされていない六六六〇株の株式を売却することにより合意金額を支払えると考えて、本件合意をしたものである。」

2  同九頁四行目末尾から五行目にかけての「原告の債権を害すること」の次に「を知りながら右合意をしたこと」を付加し、同六行目の「悪意であるから、」とあるのを「知らなかった筈がないから、」と改める。

3  同九頁九行目末尾の「しかも、」の次に「前記のとおり、」を付加する。

4  同一〇頁四行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。「又、控訴人は本件合意の際に安澤の他の債権者を害することを知らなかった。」

第三  争点に対する判断

一  安澤と控訴人との間で本件合意がなされるに至った経緯

原判決一〇頁八行目の「弁論の前趣旨」とあるのを「弁論の全趣旨」と改めるほか、同一〇頁七行目から同一六頁末行までと同じであるから、これを引用する。

二  争点1について

本件合意は通謀虚偽表示であるとの被控訴人の主張について判断する。

先に認定した事実からすると、控訴人と安澤が離婚を仮装したことまでは認められず、両者の協議離婚は両者の真意に基づくものと認められる。

そうだとすると、右協議離婚に伴う本件合意が通謀虚偽表示によるものと認めることは困難であって、被控訴人の主張は採用できない。

三  争点2について

本件合意は詐害行為であるとの被控訴人の主張について判断する。

1  先に認定した事実からすると、被控訴人は、本件合意がなされた平成六年六月よりも前の平成三年五月一五日に安澤に六〇〇〇万円を貸し付けた貸金債権の内金五〇〇万円について前記のとおり本件の債権執行をしたものである。

2  先に認定した事実によれば、安澤は、控訴人との婚姻期間が三年足らずであって、同棲を始めてからでも四年足らずに過ぎないところ、離婚当時には後記のとおり無資力であって、それが離婚の一因であったことからみて、離婚に伴う慰謝料を二〇〇〇万円とし、生活補助金を月額一〇万円とする本件合意は異常に高額であるといわなければならない。

控訴人は、安澤の過去の収入額や不動産の所有から高額ではないと主張するが、高額であるか否かは本件合意をした時を基準とすべきであるから、控訴人の主張は失当である。

3  先に認定した事実からすると、安澤は、本件合意がなされた平成六年六月当時、被控訴人を含む債権者に対して、担保に供した安澤の所有する不動産の価格をはるかに上回る数億円の債務を負担し、平成四年一月末にサンプラニングを退職して以来、不動産投資の失敗からみるべき収入がなくなり、そのころから借入金の利息の支払すらできなくなり、税金まで滞納し、無資力であったこと、本件合意における安澤の支払額が異常に高額であることが認められる。そうだとすると、本件合意における慰謝料及び生活補助金に財産分与的要素が含まれているとみても、全体としてその額が不相当に過大であり、財産分与に仮託してなされたものと認めることができるのであって、詐害行為として債権者による取り消しの対象となり得るものと解するのが相当であり、安澤は、他の債権者を害することを知りながら本件合意をしたことを容易に推認することができる。

控訴人は、安澤は、サンプラニングの株式一万五〇〇〇株を所有し、サンプラニングを辞めた平成四年一月末ころ昭に対して二億円で購入することを求めたことから、本件合意がなされた平成六年六月当時においても同額の価値があり、被控訴人によって仮差押を受けた八三四〇株の残りの六六六〇株を売却することにより本件合意を履行できると考えていたから、本件合意により他の債権者を害する認識がなかったと主張する。そして、サンプラニングの自社株評価書(乙八)には、安澤の所有株式が一万五〇〇〇株である旨の右主張に沿う記載があり、又、証拠(乙七、原審における控訴人本人)によれば、安澤は、サンプラニングを退職したころ、安澤昭に対して安澤の所有する株式を二億円で買い受けるように求めたところ、同人から八〇〇〇万円なら買うとの返答があって、物別れとなったことを認めることができる。

しかしながら、サンプラニングの株式評価書(甲二)の記載からすると乙八の右記載は誤記であって、先に認定したとおり、安澤は八九九九株を所有していたに止まり、被控訴人は本件合意がなされる前の平成五年七月九日にそのうちの八三四〇株を既に仮差押しており、残りは六五九株に過ぎないということになる。そして、平成七年七月二〇日における一株当たりの価格が三〇九円に過ぎないことからして、その約一年前の本件合意がなされた平成六年六月当時の価格もほぼ同額で、安澤の所有株式の総額は三〇〇万円足らずであったと推認するのが相当であって、右株式を考慮しても、当時安澤が無資力であったことは明らかである。そして、安澤は、以上のとおりの窮状にあったのであるから、サンプラニングの株式の価格が控訴人の主張するとおり高額の価値があったと考えていたというならば、所有株式を売却して債務に充当する筈であるのにこれをした形跡がなく、むしろ、右株式の価値がさほどあると考えていなかったものと窺うことができる。したがって、本件合意は、債権者を害するものであり、安澤が本件合意によって被控訴人を含む他の債権者を害することを知っていたものと容易にみることができ、控訴人の主張は前記判断を左右するものということはできない。

4  控訴人は本件合意の際に他の安澤の債権者を害することを知らなかったと主張するが、先にみた事実からすると、控訴人の主張事実を認めることはできない。

5  以上によれば、本件合意は被控訴人の前記請求債権の執行を妨げる詐害行為に当たるというべきであるから、被控訴人は本訴において詐害行為取消権に基づき本件合意を取り消すことができるといわなければならない。

そうだとすると、控訴人は、サンプラニングの前記供託金に対して執行することができないから、前記配当金を受領することができるいわれがなく、前記配当表に記載された控訴人の配当金を零とし、これを被控訴人への配当金に加える変更を求める被控訴人の本訴請求は理由があるというべきである。

四  結論

以上の理由によれば、被控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべきであり、この結論と同旨の原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

<省略>

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